グラウンディングできなかった場合,攻撃側のスクラムで試合が再開される。
ここでポイントになるのが,スクラムで最も重要なポジションである左右のプロップ(スクラム最前列の選手)が交代したことだ。
南アフリカはさっき見たとおり,左プロップのニャカニが足を怪我したから,元々先発だったムタワリラがまた戻ってきている。
ムタワリラは「ビースト」の異名を持つ怪力選手だ。この動画を見てごらん。
凄いな。あんなに長い時間人間を持ち上げてられるなんて。
そうだ。持ち上げられている選手は体重100キロを優に超している。これはムタワリラの怪力がよく分かるシーンだね。
他方,右プロップの方も,ウーストハイゼンが反則で退場になったから,先発のデュプレッシーが戻ってきている。
デュプレッシーは南アフリカ代表として64試合に出場しており,非常に経験豊富な選手だ。
ちなみに,デュプレッシーは医師免許を持っている。
お医者さんなの?凄いな。文武両道だね。
そうだね。ところで,南アフリカは反則退場者を出したので1人少ない状態にしなければならない。
そこで,フランカーのコリシが下がり,フォワードが一人少ない7人になっている。
8対7か。スクラム押せそうだね。たしか,この場面の少し前,8対8のスクラムで押し込んでなかったっけ。
よく覚えているね。そう,この場面だ。
※↓該当シーンから再生開始します。
ただ,このとき,左プロップはニャカニ,右プロップはウーストハイゼンだ。
それが両方とも交代しちゃったわけだね。
そう。ムタワリラとデュプレッシーが相手のスクラムでは,日本は押し負けていた。例えば前半最初の方のこの場面を見てごらん。
※↓該当シーンから再生開始します。
確かに押されているね。
でしょ。ただ,日本代表も,前半と違い,スクラム最前列は全て交代しているから,単純な比較はできない。
とはいえ,元々先発だったムタワリラとデュプレッシーの方が手強いと言えるかもしれない。
特に,デュプレッシーが曲者だ。ゴール前のこのシーンは彼がキーマンだったと言える。ではゲーム再開後最初のスクラムを見てみよう。
※↓該当シーンから再生開始します。
何か反則を取られて終わっているけど,なんの反則かな。
これは「ノーバインド」という反則だ。
スクラムが終了するまで,選手同士はお互いを手でしっかりと掴み,ちゃんとスクラムを組んだ状態でいなければならない。
スクラムを組む際に手で他の選手をつかむことを「バインド」という。スクラム終了前にこのバインドを外してしまうと「ノーバインド」という反則となる。
下記の画像を見てごらん。南アフリカのロウ,エツべス,バーガーの3人が,スクラムから離れてしまったいるのが分かるだろう。
本当だ。それを見て主審のガルセスが手を上げているね。南アフリカはどうしてバインドを外してしまったのだろう。
日本のスクラムの圧力に耐えきれなかったからだろう。スクラムで劣勢に立たされる側はこうやってスクラムを崩してしまうケースが多い。
じゃあこのまま押し続けていたらトライになったかもしれないね。
そうだね。ちなみに,ラグビーは反則が発生しても,攻撃側に有利であればそのまま続行させる。
これをアドバンテージと言う。このアドバンテージの状態で自軍が反則を侵したり,ボールを奪われたりした場合は,アドバンテージは解消され,最初の反則が取られる。
この場面,デュプレアがスクラムからこぼれたボールを奪ってしまった。そこで,その時点でガルセスがアドバンテージを解消し,ノーバインドの反則を取った。
このデュプレアのプレーも反則すれすれだ。スクラムハーフはスクラムからボールが出る前にボールに働きかけてはいけないからね。
ボールが出るか出ないか,ギリギリのタイミングだな。
南アフリカのノーバインドの反則によって,日本はこの位置からペナルティゴールを狙う権利を得た。
ペナルティゴールは3点だから,入れば同点だね。ゴールに近いから決まる可能性も高い。
そうだ。あの南アフリカ相手に同点で引き分けるなんて,世紀の大事件だ。エディーはこの時ペナルティゴールを狙うことを指示している。
エディーだけじゃない。世界中のラグビーファンが,ペナルティゴールを狙うと思っただろう。
でも,日本はそうせずに,スクラムを選んだんだよね。
そのとおり。リーチはペナルティゴールではなく,スクラムを選択した。この決断は後にブレイブ・コールと言われている。
日本はスクラムにおいて8対7で数的優位に立っている上,直前のスクラムで押し込んでいた。だから,スクラムで押し切れると判断したのだろう。
世界最強のフォワード相手に,平均体重が出場20カ国中17位の日本代表がスクラムトライを狙ったということだね。
そうだ。これほど劇的な展開はもはや漫画の世界を超えている。会場のボルテージは最高潮だ。ではペナルティ後最初のスクラムを見てみよう。
※↓該当シーンから再生開始します。
何か,日本代表側から見て右側に流れているね。何でかな。
そう。そこが重要な点だ。先ほどノーバインドを取られた反則も含め,この場面でのスクラムは全て右側に流れている。
これは右プロップのデュプレッシーがスクラムを横に押しているからだ。
真っ直ぐ押し合えば負けてしまうから,横方向に力を逃がすように押している。
それ,反則じゃないの?
本来は反則を取られてもおかしくない。しかし,主審のガルセスはこの横に押す反則を取らない傾向があった。デュプレッシーはおそらくそれを把握していただろう。
なんかずるいなぁ。
悪く言えばずるい,よく言えば老獪だ。ここでスクラムが組み直しになるが,一度崩れて,最後のスクラムになる。
※↓該当シーンから再生開始します。
何か,デュプレッシーが審判の合図の前に組んでない? それにボール投入前に押し始めてる気がする。
そのとおり。そこがポイントだ。デュプレッシーはこの最後のスクラムで明らかに組むのが早かった。
だから,フッカー(※スクラム最前列の真ん中)の木津は,組み直しになると思い,いったん力を緩めてしまったらしい。
しかし,組み直しにならなかった,というわけだな。
そうだ。ただでさえ横に押してくる上に,早く組まれて有利な体勢を作ることができなかった。 しかもボール投入前に押され始めた。
だから右に押されてスクラムが崩れてしまったんだね。
そうだ。デュプレッシーの老獪さにやられた格好さ。
しかし,スクラムが崩れたとはいえ,日本代表は何とかボールをキープした。
19次連続攻撃,12人モール,そしてブレイブコールからのスクラム・・・なんだかてんこ盛りの凄い展開だね。
そうだね。そんな日本代表の死力を尽くした攻撃をことごとく跳ね返した南アフリカはやっぱり強い。
そして,日本代表最後の総攻撃が始まる。
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