前2作についてはダイジェストを書いていたが,今年6月7日に発売された拙著「国家の統計破壊」についてはダイジェストを書くのをさぼっていた。
今さらながらではあるが,ダイジェストを書く。
この本は,要するに,安倍政権による統計「かさ上げ」の実態を暴いたものである。
国会の議事録を多く引用しているので,前2作と異なり,人物がたくさん出てくるドキュメンタリー要素があるのが一つの特徴である。
第1章 「賃金21年ぶりの伸び率」という大ウソ
2018年8月,同年6月の毎月勤労統計調査速報値における名目賃金伸び率が3.6%を記録し,「賃金21年ぶりの伸び率」(又は賃金21年5ヵ月ぶりの伸び率)として,各社が一斉に報道するという出来事があった。
この章はそのカラクリについて書いたもの。
「賃金21年ぶりの伸び率」というのは大ウソである。
単に計算方法を変えて大幅にかさ上げしたのである。
なお,この章は,2018年9月10日,このブログにアップした記事を編集しなおして書いたもの。
その当時,厚労省の発表では,
①サンプルを一部入れ替えた(30人~499人の規模の事業について,従来は全数入替だったのを半分入替に抑えた)
②ベンチマーク(賃金を算出する際の係数みたいなもの)を更新した
という2つの要素が影響した,とされていた。
従来,このようにサンプル入替やベンチマーク更新をする際は,遡って改定していた。そうしないとデータに変な段差ができるからである。
しかし,2018年1月から遡って改定するのを止めた。
だから,2018年が猛烈に急上昇する,という結果になったのである。
特にベンチマーク更新の効果が一番大きい。
別人の身長を比較するようなことをして「賃金が伸びた!」と大ウソを喧伝したのである。
しかし,このかさ上げ要因に関する厚労省の説明も,実はウソだったのである。
第2章 隠れたかさ上げ
2018年12月,毎月勤労統計調査において,ずさんな調査が行われていたことが大きく報道され大問題になった。500人以上の規模の事業所については,全数調査することになっていたにもかかわらず,東京都については約3分の1しか抽出調査していなかったことが発覚したのである。
これが「統計不正問題」として世の中に最も認知されているものであろう。
だが,問題はここだけではない。
約3分の1しか抽出調査していなかったので,それを約3倍して補正する操作を,なぜか2018年1月分からのみ行っていたのである。これによって賃金がかさ上げされた。
つまり,第1章で紹介した厚労省の説明はウソだったのである。
長妻昭議員が国会で使用したパネルを見ると分かり易いので引用する。
https://naga.tv/wp-content/uploads/2019/02/804f4275f642496fd78e2f32cc58f58d.pdf
上が従来の「ウソの説明」
下が本当の説明。「復元分」と書いてあるのが「こっそり3倍補正」のことである。厚労省はこれを隠していたのだ。
なお,厚労省は,未だにウソの説明を堂々と毎月勤労統計調査のトップページに掲載した下記資料で展開している。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-20180927-01.pdf
私は野党合同ヒアリングでも,このウソの説明を訂正しろとはっきり注文したのに完全に無視。国民をなめ切っている。
厚労省は,3倍補正についてはバレたので,ここだけは遡って修正した。
しかし,これが最も重大なポイントだが①サンプル入替②ベンチマーク更新については,遡って修正していない。したがって,やはり賃金は大きく上昇してしまうのだ。
2013年~2017年,名目賃金は5年もかけてやっと1.4%しか伸びなかった。
ところが,2018年は,このインチキをしたことにより,たった1年で1.4%伸びるという異常現象が起きた。
しかし,それでも物価が1年で1.2%伸びたので,結局実質賃金はほぼ横ばい。未だにアベノミクス前の水準に遠く及ばない。
実質GDPの約6割を占める実質民間最終消費支出は,2014年~2016年にかけて,3年連続で下落した。
2017年は上向いたが,それでも4年も前の2013年を下回る。
この「3年連続下落」「4年前を下回る」というのは,戦後初である。しかもこの数字すら,後述するとおり「かさ上げ」したものなのだ。かさ上げが無ければもっと悲惨な結果になっている。
アベノミクスは戦後最悪の消費停滞を引き起こしている。
その原因は,消費税増税による物価上昇に,円安による物価上昇を被せたため,物価が急上昇したのに対し,賃金が全然追い付かなかったから。だから実質賃金が大きく落ちっぱなし。
日銀の「前年比2%の上昇」という物価目標が達成されていないせいで,多くの人が物価は上がっていないと勘違いしている。
間違いである。
日銀の物価目標は「前年比」。「アベノミクス開始前」と比較したものではない。しかも消費税増税による影響は除かれる。
増税も含めてアベノミクス前(2012年)と比較すると,2018年は6.6%も物価が上昇している。
アベノミクス以前の年収400万円の人だったら,賃金が26万4000円増えないと,実質賃金が下がってしまう計算になる。
あまりにも賃金が伸びないので,安倍政権は計算方法を変えてかさ上げするという姑息な手段を選んだのである。
第3章 隠される真の実質賃金伸び率
厚労省は,サンプルの入替前後で共通する事業所同士を比較した名目賃金伸び率を,「参考値」として公表している。同じ事業所だし,ベンチマークも共通するので,こちらの方が賃金伸び率の実態を表している。統計の司令塔である総務省統計委員会も,伸び率については参考値を重視せよとはっきり言っている。
しかしながら,この参考値,なぜか実質賃金伸び率が公表されていない。
物価の上昇率と,名目賃金の伸び率が分かれば,実質賃金の伸び率は簡単に算出できる。
簡単に出せるものを,むにゃむにゃ言って出さない。
なぜなら参考値の実質賃金前年比伸び率はマイナスになるからである。
アベノミクス以降,実質賃金が前年比プラスになったのは,2016年の1回しかない。
2018年もマイナスになってしまえば,2年連続でマイナスということであり,消費税増税に大きな壁となるだろう。
だから出したくないのである。
国民を騙してでも増税を強行したいのである。
第4章 かさ上げの真の要因
この章は,かさ上げの真の要因について分析している。
著者としては一番面白い章なのだが,読む方からすればかなり複雑かもしれない。
賃金かさ上げについて,3倍補正は遡って修正されたので,残るは①サンプル入替と②ベンチマーク更新の効果,ということにある。
しかし,私の分析によれば,実はこれもウソなのである。
本当の原因は,常用労働者の定義を変えたこと。
これにより,給料の低い日雇い労働者等が除外されてしまった。常用労働者の総数で言うと,定義変更の前後で100万人ぐらい減っている。
だから平均賃金が上がったのである。
厚労省が①サンプル入替②ベンチマーク更新の影響,と説明しているものの背後に,実は「常用労働者の定義変更」という本当の要因が隠されていたのだ。
ここからはちょっと本のダイジェストからはずれるが,私の推測が当たっていることを裏付ける現象がある。
それは,2019年の毎月勤労統計における,名目賃金前年比伸び率の異常な急降下である。
なんと,1月~4月までが全部マイナスになっている。
公表値と参考値と並べてみると,その異常さが際立つ。
ご覧のとおり,公表値(青)は,2018年中は参考値(オレンジ)をほとんど上回っていたが,2019年になると急降下し,全ての月でマイナスになっている。
しかし,共通事業所同士の比較であり,実態をより適切に表している参考値(オレンジ)は,2019年になっても全部プラスである。
なぜこうなるかと言うと,2019年は,30人~499人の規模の事業所について,サンプルを半分入れ替えたからである。2018年も半分入れ替えたが,2019年は残りの半分を入れ替えた。
企業は毎年5%ぐらい廃業していく。したがって,サンプル企業は優良企業ばかりが生き残っていき,賃金上昇率が高くなる。これを全部入れ替えると,優良でない企業がまた入り込んでくるので,賃金が下がるのである。入替を半分に抑えても,この賃金下降効果は発生してしまう。
しかし,だからといってサンプル企業を永遠に固定してしまうと,どんどん優良企業ばかり残ってしまい,実態から乖離する。
だから,定期的にサンプルを入れ替えて,その際に賃金が下がってしまうのは仕方のないことなのである。
ただ,そのままだと,入替の前と比べて,データに変な段差ができてしまう。
だから,サンプルを入れ替える際は,変な段差が出ないように,遡って修正していた。
ところが,この遡って修正を行うと,既に公表した賃金の伸び率が下がることになる。
ただでさえ賃金が伸びずに悲惨な状況だったので,後述するとおり,官邸がここに圧力をかけて,遡及改定を止めてしまったのである。
2018年はそれが好都合だった。なぜなら,私の推測どおり,かさ上げの真の要因が「常用労働者の定義変更」であったとすると,それによる賃金上昇効果が,サンプル入替による賃金下降効果を大きく上回る。その結果,2018年だけが大きく伸びることになるからである。
しかし,2019年は遡及改定しないことが逆に作用した。2019年だけ,サンプル入替による賃金下降効果が発生してしまい,前年と比べて大きく落ちることになってしまったのである。
サンプル入替をした場合,本当なら下がるのだ。逆になぜ2018年に上がったのかと言えば,それは常用労働者の定義変更があったからと考えると納得がいく。
今までどおり遡及改定していたら,こんなに悲惨な賃金下落率になっていない。
自業自得である。バーカ。
第5章 誰が数字をいじらせた
さっき答えを言ってしまったが,毎月勤労統計の遡及改定を止めさせたのは官邸である。それを明らかにしたのがこの章。
前述のとおり,遡って改定すると,既に公表した賃金上昇率が下がってしまう。
アベノミクス以降,ただでさえ悲惨だった賃金上昇率がさらに下がってしまう。
だから官邸が圧力をかけ,遡及改定を止めさせた。
専門家で構成される検討会が「今までどおりで良い」という結論を一度は出したにもかかわらず,それを無理やり捻じ曲げた。
で,さっきも言ったとおり,2019年はそのインチキの副作用をモロにくらってしまい,賃金が猛烈に下がったのである。
もう一度言う。
自業自得である。バーカ。
専門家の言うことを素直に聞いておけば良かったのである。
第6章 「ソノタノミクス」でGDPかさ上げ
2016年12月,GDPが改定された。
表向きは,国際的なGDP算出基準である「2008SNA 」への対応が強調された。この新基準により,研究開発費等が加わるので,約20兆円程度かさ上げされる。
しかし,問題はそこではない。その「2008SNA」とは全く関係無い「その他」という部分で,アベノミクス以降のみ大きくかさ上げされ,その一方で,90年代が大きくかさ下げされているのである。
この「その他」によってアベノミクス以降のみ大きくかさ上げされ,逆に90年代は大きくかさ下げされる現象を「ソノタノミクス」という。
ソノタノミクスでは前2作でも触れているが,本作ではさらに深く追及し,一つの結論に達している。この問題は国会でも追及されており,政府の回答に対する私のツッコミも載せた。端的に言えばソノタノミクス現象について政府は全く回答できていない。
ソノタノミクスで最も大きくかさ上げされたのは消費である。
どれだけ異常な現象が起きているか,見ていただきたい。
私は,GDPについては「ほんとはずっと前からもうマイナス成長でした」と言われてもあまり驚かない。
それぐらい凄いかさ上げをしている。特に国内消費。
こんなに一生懸命かさ上げしても,戦後最悪の停滞を引き起こしている。
第7章 安倍総理の自慢を徹底的に論破する
この章はアンチアベの人からすれば一番痛快かもしれない。
国会でよく目にする安倍総理の自慢話を完全に論破している章である。
前2作で書いていたことに加え,就業者数の増加についても新たな考察をした。
表にまとめると以下のとおりである。
こういうことを言うと,この表を見ただけで色々反論する輩が出てくることが容易に想像できるが「読んでから反論しろよ」と言っておく。
アベノミクスは国民をビンボーにしただけ。
戦後最悪の消費停滞を引き起こさなければ,雇用だってもっと増えていただろう。
第8章 どうしてこんなにやりたい放題になるのか
この章では,自民党がなぜやりたい放題になるのかを分析している。
端的に言えば,「力の拮抗した2大政党がある」という前提が無いにもかかわらず,小選挙区制が取られてしまっているから。
安倍一強と言うが,安倍総理になって以降の総選挙における自民党の小選挙区得票数は,民主党に大敗した平成21年の総選挙の際の自民党の得票数を一度も上回ったことが無い。
別に自民党が強くなったわけではない。対抗馬がいなくなっただけ。
この状況を打破するには,自民党との違いを強く打ち出した政策を掲げるしかない。
それが「賃金を上げる」ということである。
結局,アベノミクスの失敗は極めて単純であり,「賃金を上げるべきなのに,先に物価を上げてしまった」ことに尽きる。
だから実質賃金が大きくさがり,戦後最悪の消費停滞を引き起こしてしまった。
野党はこの逆をやればよい。つまり,物価ではなく,賃金を上げるのである。
標語的にこれを端的に表現すれば「上げるのは 物価じゃなくて 賃金だ」ということになる。
最低賃金の引き上げはもちろん,横行している残業代の不払いも徹底的に取り締まるべきである。
最低賃金の引き上げと言うと,すぐに韓国の失敗を例に持ち出し輩がいるが,そういう人にはデービッド・アトキンソン氏の本を読むことをお勧めする。
この本では,最低賃金を徐々に引き上げて成功したイギリスの例が紹介されている。
韓国はペース配分を間違えて急激に上げ過ぎただけである。
それから,残業代の不払いである。
私は労働弁護士だからよく分かるが,本当に残業代の不払いが横行しまくっている。
これが低賃金を生み出し,デフレにもつながっているのだ。
そしてそれは,過労死,過労うつの原因にもなっている。
自民党の最大のスポンサーは経団連。その無能な経営者達を守るため,目先の利益を優先して「低賃金・長時間労働」を放置した結果,日本は,経済成長もろくにできない上に,「仕事に殺されるリスクがある」という極めて異常な国となった。
労働者をボロ雑巾のように扱う国が成長できるわけがないだろう。労働者は消費者でもあり,国内消費が我が国のGDPの約6割を占めているのだから。
「普通に働いて普通に生きていける社会」これを実現してほしいのである。
無能な経営者の目線で目先の利益ばかり追求してしまうから。
この異常な状況を是正できるのは,労働者側に立てる野党しかない。
だから私は野党を応援している。