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「2018年の実質賃金大半がマイナス」の舞台裏

2018年の実質賃金の前年同月比の伸び率の大半がマイナスであることが大きく報道された。

www.yomiuri.co.jp

 

これは1月30日に実施された野党合同ヒアリングがきっかけであるので,参加した当事者として話をまとめておく。

 

今,厚労省が東京都の500人以上の事業所について,本来全数調査すべきところを3分の1程度しか調査していなかったこと等が問題となっている。

しかし,実はもっと重大な問題がその裏に隠れている。

私がヒアリングに呼ばれたのもそれが理由。

 

簡単に言うと,2018年1月から賃金の算出方向が変更され,従来よりも2000円程度高くでるようになった。

高くなった要因は①サンプルの半分入替②ベンチマーク更新③3倍補正である。

ベンチマークと言うのは,要するに賃金を算出する際の係数のようなものと思えばよい。この更新の影響が大半を占めている。

そして,③の3倍補正というのは,約3分の1しか抽出していなかった調査結果を3倍して復元する操作のこと。これを2018年1月からこっそり行っていたことが最近判明した。

そして,厚労省は,2017年以前も3倍補正をして修正値を公表した。

 

しかし・・①のサンプルが半分違う点と,②のベンチマークが違う点はそのままである。

本来遡及改定すべきだが,厚労省はそれをせず,算出方法の異なる2018年と2017年のデータを「そのまま」比較し,「公表値」として発表しているのである。

 

サンプルも半分違うし,ベンチマークも違うのだから,それを比較するのは,別人の身長を比較しているのと同じ。

だからこれは端的に言ってウソ。

ウソの数字をずーっと「公表値」としているのである。

この「算出方法の違うデータをそのまま比較している」ことがおかしいと,私は去年の9月10日付のブログで指摘した(なお,この時は「3倍補正」までしていたことは明らかではなかった)。

blog.monoshirin.com

 

要するに,この問題は,今回の統計不正問題の前からずーっと存在しているものであり,断じて混同してはならない。

私が合同ヒアリングに呼ばれたのは,上記のブログでこの問題を指摘していたのを国民民主の山井議員が見たことがきっかけ。

 

2018年と2017年でサンプル企業が半分入れ替わっているものの,残り半分は共通している。

そこで,厚労省はその共通事業所同士を比較した賃金の伸び率を「参考値」として公表している。これは公表値と異なり,別人の身長を比較しているようなことにならない。だからこちらが賃金の実態を表している。

 

そして,総務省の統計委員会も,この参考値の方を重視せよと言っている

 

だが,この参考値,問題があった。

名目賃金の前年同月比伸び率は示しているのに,なぜか肝心の実質賃金の伸び率を示していなかったのである。この点に山井議員が気付いた。私もうっかりしていて,指摘されるまで気づかなかった。

 

 

実質賃金とは,要するに物価を考慮した賃金のこと。

例えば,あなたの給料が倍になったとしよう。しかし,物価もまた倍になってしまった場合,あなたの給料は「実質的に」上がったと言えるだろうか。言えないだろう。あなたの購買力は何も変わらないだから。

このように,物価を考慮に入れなければ,実質的に賃金が上がったかどうかは判断できない。だから,実質賃金が重視されるのである。

 

この実質賃金の伸び率を出せと再三言ったのに,なぜか厚労省は出さない。

そこで,1月30日,私が下記のように参考値の実質賃金の伸び率を算出したのである。実際に使った資料がこの3枚。

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このように,計算表まで作って細かく説明したところ,厚労省の担当者も認めざるを得なかった。

で,「2018年の実質賃金の大半がマイナス」という報道になったのである。

 

その時の様子がこちらの動画。

iwj.co.jp

 

参考値の実質賃金伸び率は本当にひどい結果だ。何しろプラスになったのが6月しかないのだから。後は11月がトントンで,残る9か月は全部マイナス。12月分はまだ公表されていないが,この調子だとおそらくマイナスだろう。

 

簡単に算出できるにもかかわらず,厚労省がこの参考値実質賃金伸び率を出したがらないのは,あまりにも結果がひどいから。

 

ちなみに,「算出方法が違うのにそのままデータを比較する」という,どう見てもおかしい事態になったのは,2015年10月の経済財政諮問会議における麻生発言が発端。

さっきたまたま見つけたのだが,総務省統計委員会の平成30年8月28日付資料にずばり麻生氏の名前が出ていた。重要部分を引用する。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000576512.pdf

 

1.経緯
平成27年10月、経済財政諮問会議において、麻生議員がGDP推計のもととなる基礎統計(毎月勤労統計を含む)の充実に努める必要性を指摘。これを受け、同年11月、統計委員会に対して、サンプル替えの際に大幅な断層や遡及改訂が生じる場合の、サンプル替えのあり方や、遡及改訂する際の過去サンプルとの整合性のあり方について考え方を示すこと、これらを始めとする横断的な課題について、早急に検討し、方針を整理することを要請。(別添1)
 上記要請を受け、統計委員会は、未諮問基幹統計審議の一環として、関連の課題を審議。毎月勤労統計の改善等については、
・ローテーション・サンプリングの導入に向け・・・取り組むことが必要
・賃金・労働時間指数の補正方法について・・・引き続き検討していく必要
・継続標本を利用して指数を作成し、参考系列として提供することを検討する必要などと結論。(別添2)
 統計委員会は、上記結論を踏まえて、旧横断的課題検討部会の下に新旧データ接続検討WGを設置し、各種統計調査の接続方法に係る『望ましい方法』を整理。(別添3)
 この整理に従い、厚生労働省は「毎月勤労統計の変更について」を諮問(97号)。統計委員会はこれを適当と答申。(別添4)

 

要するに,今まではサンプル入替やベンチマークを更新する際,データに変な段差が生じるので,遡って改訂していたのだ。しかし,それをやることによって,すでに公表した賃金の伸び率が下がるという現象が生じていた。そこに麻生氏がケチをつけた。

詳しくは私の下記記事にも書いてある。

blog.monoshirin.com

 

麻生氏が自分で気付くとは思えないので,財務官僚の入れ知恵。

なんでこういうことをするかと言えば,賃金が上がらないと消費税増税がしにくいから。

 

ここで今までの賃金と物価の推移を見てみよう。なお,賃金については3分の1しか調査していなかった問題があるものの,代替するものが無いのでそのまま使う。

アベノミクス前後の比較がしやすいよう,2012年を100とする指数に直した。

 

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データ元:総務省統計局,厚労省

 

ご覧のとおり,名目賃金(青)は5年もかけてたったの1%しか伸びていない。それなのに,物価は5.3%も上がってしまった。日銀の試算によると,3%の増税による物価押上げ効果は2%なので,残りはアベノミクスによって進行した「円安」が最も大きく影響している。

その結果,実質賃金(緑)は大きく落ちた。アベノミクス開始前(2012年)と比較すると,実質賃金は4.1%も落ちている。

なお,実質賃金が下がった原因について「非正規が増えたから平均値が下がった」と必ず言ってくる輩がいるが,ウソ。平均値が下がったことが原因なら名目賃金も下がらなければならない。

 

物価が急上昇した原因は,消費税の増税に円安を被せたから。

増税も円安も「物価が上がる」という効果は全く同じ。

 

そして6年目も前年比マイナスになることはほぼ確実。

2017年は見てのとおり前年比マイナスなので,2年連続で実質賃金が落ちるということだ。これだと消費税を増税するのは厳しいだろう。

 

アベノミクス信者は「景気回復期は新規労働者が増えて平均値を下げるから実質賃金が下がるのはむしろ当たり前」とか言うんだが,開始から5年も経過した2017年の時点でこの体たらくだぞ。未だに開始前の水準にすら戻らない。

いい加減そういう類のウソを信じるのは止めたらどうだろうか。

 

ちなみに,パート・アルバイト等を除く一般労働者の賃金と物価の推移がこちら。

要するにフルタイム労働者の賃金だが,フルタイム労働者の大半は正社員なので,これがおおむね正社員の賃金の推移を示していると見てよいだろう。

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全体平均と比べると名目賃金は伸びている。とはいえ,5年もかけてやっと3.2%。

物価の伸びがそれを遥かに上回るので,結局実質賃金は下がりっぱなし。開始前と比較すると2.1%低い。

 

これを見ても「非正規が増えたから実質賃金が下がった」と言うのがウソだと分かるだろう。

 

日銀は今でも「前年比2%の物価上昇」を目標にしている。

しかし,フルタイム労働者ですら5年もかけて3.2%しか名目賃金が上がっていないのだから,1年で2%も物価が上がったら名目賃金が追い付かないのは目に見えている。

したがって,「前年比2%の物価上昇」は,「お前らの実質賃金ガンガン下げます」って言ってるのと同じ。

 

なお,消費者物価指数については,2018年の年平均値が出ている。

私が計算したところ,アベノミクス開始前の2012年と比較して,2018年の物価は6.6%伸びている。

つまり,2018年の給料が,2012年と比較して6.6%以上伸びていない場合,あなたの実質賃金はアベノミクス前より下がっているということだ。計算してみるといい。

 

ついでに,高度経済成長期の賃金と物価の関係を見てみよう。

なお,総合的な賃金指数が無いので代表的な産業である製造業で見てみる(1954年=100とする指数)。

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データ元:物価は総務省統計局,賃金は「新版日本長期統計総覧第4巻」

 

見てのとおり,名目賃金が圧倒的な伸びを示し,それが物価を引っ張り上げている。物価は開始時と比べると2倍以上になっているが,名目賃金は7倍以上。

このように名目賃金の伸びが物価上昇を遥かに上回るので,実質賃金も順調に伸び,開始時と比べると3倍以上になっている。

 

これが本物の経済成長だ。

 

先に賃金が伸び,それが物価を引っ張り上げる。だから実質賃金も上がり,庶民も経済成長を実感できるのだ。

これとアベノミクスは真逆。物価だけ上がってしまい,名目賃金は全然追い付かない。実質賃金は墜落する。未だに開始前の水準にすら戻らない。

景気回復の実感が無いのは当たり前。

アベノミクスは順番を間違えた。なんという単純な間違い。

 

 

なお,アベノミクス全般の失敗については拙著「アベノミクスによろしく」に詳しく書いてある。

 

さて,統計に関する疑惑は,GDPが本丸。

国際的算出基準対応に伴うGDP改定と見せかけて,その基準と全然関係ない「その他」で数値を調整している(この現象を「ソノタノミクス」という)。 

 

賃金問題はまだまだ序の口だ。

 

上記前著でもソノタノミクスに触れているが,今月7日発売の私の新著では,さらにその問題を深堀りしている。

 

これから日本に何が起きるのかを知りたいなら,ぜひ読んでいただきたい。

恐ろしい現実がそこにある。