安倍総理が「立法府の長」と発言したのが話題になってるね。ところで総理が発言しているあの場は何なの。
あれは衆議院の予算委員会だ。委員会というのは,本会議の前に法案を審査する会だ。色々な委員会がある。
全部の法案をみんなで審査すると効率が悪いから,分野を分けて委員会を作り,専門的な議論ができるようにしている。
委員会で可決された法案は基本的に本会議でも可決される。だから,法案の実質的な審理は各委員会でなされているとうことになる。
ふ~ん。じゃあ予算委員会というのは予算について専門的に議論をする場所ということだな。
そう。今は補正予算について議論している。
予算は国政のあらゆることに関係してくるから,質疑の範囲も非常に広い。委員会の中で最も注目されるのが予算委員会なんだ。
何について議論してたの?
※実際の動画がこちら
それで,山尾議員と安倍総理はそもそも何の議論をしていたのかな。
山尾議員が質問していたのは,大きく分けて二つだ。
1つは,熊本地震に関連して,被災者生活再建支援法の対象要件と支援金の拡大をできないか,ということだ。
現状だと救済が不十分ということかな。
そうだね。現行法だと,解体まで必要ない程度の家屋の損壊の場合,支援金が支給されない。
他方,解体が必要になった場合に給付されるお金は300万円しかないから,これだと足りないと山尾議員は主張している。
なんか中途半端な法律になってしまっているのね。
そう評価することもできるだろう。だが,これについて総理は,対象要件及び支援金のいずれも拡大しないと回答している。
次に山尾議員が質問したことが,「立法府の長」発言につながるものだ。
山尾議員は,民進党が厚生労働委員会に提出した法案について与党側が審議に応じないと批判している。
特に保育士の給与を5万円引き上げる法案について,1ケ月半以上も審議入りしていないと非難しているね。
ふ~ん。そういう質問て予算委員会ですべきものなの?
保育士の給与引き上げに関する法案は厚生労働省が担当する分野なので,本来は衆議院厚生労働委員会で議論すべきことなのは確かだ。
だが,厚生労働委員会で1ケ月半以上も審議入りしてくれなかったので,いわばしびれを切らして予算員会で問題にしたのだろう。
何で審議入りさせないのかな。
野党が提出した法案よりも,内閣(与党)が提出した法案の審議を優先させているから,というのが考えられるね。
あるいは,選挙前に審議入りさせて否決すると,選挙に影響すると考えているのかもしれない。
「保育園落ちた日本死ね」ブログの件で,保育士の給料が低すぎることはけっこう話題になっているもんね。
それだけ話題になってるのに「給料は上げません」ていったら,与党の印象が悪くなるだろうな。
そうかもね。この山尾さんの質問に対して,安倍総理は国会でやってくださいと返しているね。つまり厚生労働委員会で議論しろということだ。
なんか素っ気ないね。形式的な答えに聞こえるな。国民の関心が高い事柄だからちゃんと答えてほしいと思うんだけど。後ろで石破さんがそっくり返っているのが何か面白いね。
この石破さんのリアクションは何だろうね。「そんな答弁しちゃうの」という趣旨なのかな。
これに対して,山尾議員はTPPの時は無理やり審議を進めたじゃないかと批判しているね。
TPPの時は総理の意向を反映して審議を優先させたのだから,保育士の給与引き上げについても総理の働きかけがあれば審議を進められるだろうと言いたいのだろう。
まあ総理は与党の総裁でもあるしね。総理が促せば審議が進みそうな気がするけど。
この質問の後に,例の「立法府の長」発言がある。
ここまでの状況を再確認しよう。山尾議員が保育士給与引き上げの問題について質問したことに対して,総理はあくまで国会つまり厚生労働委員会でやれと反論している。
そして,山尾議員に対して「議会運営について勉強していただきたい」と述べた上で,「議会については,私は立法府の長であります。」と発言している。
その後で,要するに国会は国権の最高機関であり,行政府とは別の権威なのだから,総理大臣が審議の順番についてあれこれ言うことは無いという趣旨の発言をしている。
その文脈からすると,安倍総理は「立法府の長」じゃなくて「行政府の長」って言いたかったんだろうな。そうじゃないと意味がつながらない。
そうだね。総理大臣は行政府の長だが,法案の審議の順番は立法府が決めることなので,総理大臣が口を出すべきではない,と言いたいのだろうからね。
じゃあ単なる言い間違いということだな。石破さんだけ「むむ!」という感じでリアクションしてるけど。なんか石破さんリアクション豊かで見てると面白いね。
そうだね。この発言の後,山尾議員も何も突っ込んでいないから,彼女も単なる言い間違いととらえたのだろう。
なのに,結構ネットで話題になっているよね。質疑の当事者達が問題にしていないところが話題になるってなんか違和感があるな。
そうだねえ。その言い間違いの後に重要なやり取りがあったんだが,そこはイマイチ話題になっていないね。
保育士の給与引き上げの基準が「女性の」平均賃金?
この後,塩崎厚労大臣が出てきて,保育士の給与について,「『女性の』平均賃金と4万円の差があるので,この差が無くなるように処遇を改善していく」という趣旨の発言をしている。
これを受けて山尾議員が「びっくりしました」って反応しているね。
そうだね。この日の質疑で山尾議員が最も注目してほしいのはこの塩崎大臣の発言だろうな。
保育士の給与は全労働者の平均からすると11万円も低い。しかし,塩崎大臣は何故か全労働者ではなく,女性労働者の平均賃金との差額4万円を問題にしている。
現在男女の賃金格差が存在することは事実だが,それは本来あってはならないことだ。男女で賃金に差をつける合理的な理由は無いからね。
労働基準法4条も,「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」と定めている。
ところが,塩崎大臣のこの発言は,男女の賃金格差を許容するものと受け取られかねない。かなり迂闊な発言だと言えるだろう。
それにこの発言は,暗黙の前提として「保育士は女性の仕事」という認識があるんじゃないかな。
保育士は女性だけではない。割合は確かに少ないが,男性の保育士もいる。その点から言っても,女性労働者の平均賃金を目安にする合理的な理由は無いだろう。
単に処遇を改善していきますって言えば良かったのにね。
「保育士は女の仕事だから給料が低くてもいい」って受け取る人もいるんじゃないの。
そうだね。そういう風に捉えられてしまう可能性もあるから,これは与党側にとって危ない発言と言えるだろう。
山尾議員はこの発言を大変問題視して,総理に対しても,撤回するのか否かを聞いている。
これに対して,総理は色々述べているが,結局「撤回する」とは言っていない。
これは撤回しても良かったんじゃないかな~。総理の回答を聞いていると,自民党だって処遇改善について今まで何もしてなかったわけじゃないんでしょ。
少しずつ処遇を改善してきたという内容の回答をしているじゃん。それが台無しになっちゃう気がするんだけどな。
うん。だけど,結局「立法府の長」発言が注目されてしまって,この点は問題にされていない。
自民党支持者の方からは,このとき山尾議員が「男尊女卑政権」と発言したのが問題だ,という意見があるようだけれども。
「立法府の長」発言も「男尊女卑政権」発言も,対して注目すべきものじゃない気がするな。そういうところにばかり注目して肝心の議論の中身が知られていないって,なんだか違う気がする。
そうだね。そこばかり注目されるのは,質疑の当事者達の本意でもないんじゃないかな。