国土交通省の建設工事受注動態統計調査の統計不正問題について、「7兆円ぐらいかさ上げされている可能性があるのではないか」と鬼の首を取ったかのごとく得意げに調子にのってどや顔で当ブログで指摘しましたが、誤りと判断したので訂正してお詫びします。申し訳ございません。
既にツイッターで謝罪し、誤情報の拡散を防ぐためにブログも取下げ済みですが、それだけでは足りませんので、なぜ誤りと判断したのかについて説明します。元記事より長いです。
まず、統計不正の何が問題なのか、あらためて前提を説明しないと私が何を間違えたのかもよく分からないと思いますので、そこから説明します。
統計不正の問題点は、「合算処理」と「二重計上」の2点です。
このうち、重要なのが「二重計上」ですが、先に「合算処理」から説明します。
◆合算処理とは
合算処理とは、提出の遅れた月の調査票の数値を、後の月に合算して計上する処理のことです。
建設工事受注動態統計調査は、対象企業から毎月調査票を提出してもらいます。この提出期限が対象月の翌月10日なので、非常に締め切りがタイトです。
だから、締め切りを過ぎて出されることが多々ありました。そうやって遅れて出された月の数値について、遡って修正するのも手間がかかるので、後の月に合算して計上していたのです。
これは具体例で考えると分かりやすいので、下記のような例を想定してみます。
・ある企業は、1月分の調査票について、締め切り日(2月10日)までに出さなかった。
・2月分の調査票については、締め切り日(3月10日)までに提出した。その際、遅れていた1月分も併せて提出した。
合算とは、このような場合に、1月分と2月分の実測値を合算して、「2月分」として計上してしまうことです。図で示すと次のとおりです。
この際に、「書き換え」が行われていました。要するに、提出された1月分及び2月分調査票の数値を消した上で、2月分の調査票に、1月と2月の実測値の合算額を記載していたのです。
なお、この例では2か月分だけ合算していますが、実際は、2か月を超える分(3か月とか4か月分とか)まとめて出されることがあり、それをまとめてひと月分に合算するといった処理がされていました。
この処理をすると、調査票が遅れて出された月(この例で言うと1月分)がゼロになる、というのが重要です。この合算処理によってゼロになってしまった月の数値を「欠測値」と呼びます。
合算処理では、月次分では実態を反映しませんが、年や年度でみると、均されたような状態になるますので、真実の数値とあまりずれません。
だから、大きな問題とは認識されなかったのか、はるか昔からこの処理がされていました。建設工事受注動態統計調査は平成12年から開始されていましたが、その前身である公共工事着工統計調査の時代から続いていたそうです。
◆二重計上とは
二重計上とは、実測値と推測値が二重に計上されてしまうことです。これが今回の時計不正問題の核です。
平成25年(2013年)4月から、対象企業が調査票を提出せず、欠測値となってしまった月の数値について、調査票を提出した事業者の受注額から推測して計算するという推計方法が採用されました。
この推計は、ある月において調査票を提出しなかった事業者の受注額に、調査票を提出した事業者の層別平均値を代入する、という方法でする。この代入された数値を「推測値」と呼びます。
要するに、推測値によって、欠測値の穴埋めを行い、「数値ゼロ」の月を無くしたのです。
このように推計方法を変更したにもかかわらず、「合算処理」も継続してしまいました。
この「合算処理を継続してしまった」という点がポイントです。
本当は合算を止めるべきでした(不正が発覚した現在はそうなっています)。
遅れて提出された調査票については、単に使用しない、ということになります。
面倒な書き換え作業をしなくても良くなるので、担当職員にとっても朗報だったはずでした。
ところが、なぜか合算処理は継続されました。
さっきの例にあてはめて考えてみますと、こんな事態になりました。
このように、以前は「ゼロ」だった1月分に、「1月分推測値」が入ったことにより、1月分の「推測値」と「実測値」が二重計上されることになってしまいました。
より端的に言えば、穴埋めされた「推測値」の分、以前より「かさ上げ」されることになります。
◆ここからが、私が間違いを犯した箇所です
こんなことになったら、2013年度のデータの伸び率はとんでもないことになるのではないかと思いました。なぜなら、2013年度の伸び率は、二重計上前の2012年度と比較して算出されるからです。
建設工事受注動態統計調査を基礎資料として作成されるのが建設総合統計であり、工事の出来高を示します。私はそれをグラフ化してみました。
このように、二重計上が開始された2013年度の前年度比伸び率は12.1%であり、これに勝っているのはバブル期であった1987年度の17.6%だけ、という事実が判明しました。
私はこの「12.1%」という異常な伸び率について、「こんなに突然伸びるはずがない。これは二重計上の影響がほとんどを占めているに違いない」と速断しました。
そして、次にGDPへの影響を確認してみました。
建設総合統計が影響するのは、GDPの項目のうち、「民間住宅」「民間企業設備」「公的固定資本形成」の3つであり、これを合計したものが「総固定資本形成」です。
総固定資本形成は対GDP比25%程度であり、民間最終消費支出(対GDP比55%程度)に次いで大きな数値であるため、GDPへの影響は大きいです。
その総固定資本形成の前年度比伸び率を見てみると、建設総合統計ほどではありませんが、やはり2013年度の伸び率が凄まじく、バブル期に匹敵するレベルになっていました。
私は、「やっぱり二重計上がGDPに影響している」と速断しました。
そして、一体どれだけかさ上げされたのか、推定してみようと思いました。
ここで、2014年度~2019年度の、総固定資本形成の各年度平均伸び率を利用することを思いつきました。なお、2020年度を外すのは、コロナ禍の影響が入ってしまうからです。
2014年度~2019年度の各年度の伸び率は、「かさ上げされた数字同士」の比較の上で算出されたものなので、ほぼ実態を反映したもの、と見てよいでしょう。
素足の人と下駄をはいた人の身長をそのまま比較するのはおかしいでしょうけど、同程度の高さの下駄をはいた人同士をそのまま比較しても、本当の身長差とほぼ変わりません。それと同じことです。
そこで、2014年度~2019年度の年度平均成長率を算出してみると、約1.8%です。
直後の6年間の平均がこれなのだから、異常な伸び率を記録した2013年度の「本当の伸び率」も、これと同じような水準に収まると考えても不当とは言えないだろう、と私は考えました(今振り返るとこれもかなり雑な考え方ですが)。
そこで、2013年度の異常な成長率からこの直後6年間の平均成長率を引いてみると、6.1%。さらにこれを実数にしてみると、約7.3兆円です(6.1%は伸び率なので、実数を算出するには、2012年度の総固定資本形成約119兆円に、6.1%を乗じます)。
二重計上によるかさ上げ額は毎年度同じような水準になるでしょうから、この計算結果からして、毎年度7兆円程度かさ上げされているのではないかと思いました。
このように、私は、「2013年度の本当の伸び率は、その直後6年間の平均伸び率とほぼ同じくらいであっただろう」という推測を前提に計算し、だいたい毎年度7兆円ぐらいかさ上げされているのではないかと推計しました。
これが、誤りです。2013年度は、他の年度と違い、「異常な伸び率」を記録する要素がありました。
◆異常な伸び率を記録する要素
まず、増税前の駆け込み需要です。最初の建設総合統計のグラフを再掲します。
2014年度から消費税率が5→8%へ上がりましたので、2013年度は駆け込み需要が生じます。
この駆け込み需要について、当初から頭をよぎってはいたのですが、同じく駆け込み需要があったであろう1996年度の伸び率が0.4%であったため、2013年度の方も大したことはないのではないかと思ってしまいました。
(なお、8→10%への増税があった2019年度については、年度(4月~翌年3月)の真ん中あたりである10月で増税されており、駆け込み需要もその後の反動も同じ年度内に入ってしまうため、駆け込み需要の影響を正確に補足できないと思いました。)
しかし、私のこの1996年度の数値に対する見方は非常に浅はかでした。振り返ってみると本当にアホだったと思います。駆け込み需要が少ないはずがない。2013年度の異常な伸び率に目を奪われて思考が停止していました。
90年代は基本的に公共投資が削られていった時代ですので、1996年度の駆け込み需要を補足するには、民間と公共に分けて分析すべきでした。
これが民間と公共に伸び率を分けたグラフです。
このように、1996年度は、民間(青)と公共(赤)で、グラフの方向が逆になっています。駆け込み需要で民間は大きく伸びた一方、公共事業は減らされたので、駆け込み需要が相殺されてしまったのです。私はここに思いを至らせるべきでした。
他方、2013年度を見ると、民間・公共いずれもグラフが大きく上に出ています。
つまり、2013年度は、民間の駆け込み需要が公共に相殺されることはなく、むしろ公共の方も伸びたので、大きくプラスになったのです。
では、民間は駆け込み需要で説明できるとして、公共はどうなのか。国土交通省によると、政府全体の公共事業関係費の推移は下記のとおりです。
https://www.mlit.go.jp/page/content/001304347.pdf
2012年度(平成24年度)と2013年度(平成25年度)を比較してみますと、総額で言えば、むしろ2012年度の方が上回っています。
しかし、これもよく見ると、2012年度の総額が大きくなっているのは、補正予算で2.4兆円も上乗せされているからです(白い部分。7-4.6=2.4)。
この補正予算が成立したのは、年度(4月~翌年3月)の終わりが迫った2月26日です。
この記事では総額13兆円超となっています。そのうち公共事業関係費にまわったのが2.4兆円ということなのでしょう。
年度の終わりごろに成立した補正予算ですので、これが執行されるのは翌年度、つまり2013年度になります。2013年度に「公共」が大きく伸びたのはこれが要因だと思います。
建設総合統計の2013年度と2012年度の「公共」の出来高を比較してみると、2兆3696億円増えており、補正予算で追加された公共事業費の額に近いです。
これに加えて、「比較対象の数字が小さいので、伸び率が大きく出やすい」という要因がありました。
これは、出来高の伸び率ではなく、金額の方を見ると分かりやすいです。
建設総合統計の出来高の推移を示したのがこのグラフです。
このように、伸び率の算定対象となる2012年度は、1984年度以降だと、2番目に低い数字です。対象が低いので、伸び率も高めに出るのです。
2012年度と2013年度の差額は、5兆1738億円です。
2012年度の出来高は42兆8162億円なので、これを対象に伸び率を出すと12.1%です。
ところが、例えばこの対象を史上最高額である1991年度の87兆7088億円に変えてみますと、5.9%であり、半分以下の伸び率になります。
分かりやすい例で言うと、1メートルの人間の身長が10センチ伸びれば、伸び率10%ですが、2メートルの人間の身長が10センチ伸びた場合だと、伸び率は5%、ということです。
比較対象となる数字が小さいため、伸び率も大きくなったのです。
したがって、伸び率だけで見てしまうと「バブル並み」に見えますが、金額で見れば足元にも及びません。
以上のとおり、2013年度は下記の3つの要因が一度に重なり、異常な伸び率に大きく貢献したのではないか、と思われました。
①増税前の駆け込み需要
②前年度終わりごろに大きく加算された補正予算
③比較対象となる2012年度の数字が小さい
なお、東日本大震災の復興需要も影響したのでは、という見方もあると思います。補正予算の追加は復興のためという側面もあるので、そういう意味では復興需要も影響しています。民間の方についても影響したかもしれませんが、駆け込み需要と区別できないのでよく分かりません。
話を元に戻します。この、「3つの要因が一度に重なって伸びたのでは」という予想は、今回の統計不正問題と全く関係の無い、建設工事施工統計調査の完成工事高の前年度比を確認することで、裏付けられます。
名前がよく似ていますが、これは、建設工事受注動態統計調査から推計される建設総合統計とはまた別のデータです。受注段階のデータではなく、年に一度、決算後の調査を元に算出されているので、より正確と言ってよいかもしれません。グラフを下記に示します。
このように、2013年度を見ると、「10.3%」と、建設総合統計の12.1%ほどではありませんが、極めて高い伸び率を示しています。二重計上と全く関係ないデータでも、2013年度は大きく伸びていたのです。
ここで話を戻しますと、私の「毎年度7兆円程度かさ上げされているのでは」という推計は、「2013年度の本当の伸び率は、その直後6年間の平均伸び率とほぼ同じくらいであっただろう」という考えが前提でした。
しかし、これまで述べたところからすと、2013年度は3つの要因が重なり、それが異常な伸び率に大きく寄与したと言えます。すなわち、直後6年間とは全然事情が異なりますので、前提が崩れます。
よって、私の「毎年度7兆円程度かさ上げされているのでは」という推計は100%間違いであるという結論に至りました。大変申し訳ございません。
◆二重計上のGDPに対する影響は
私がデータを別角度から見直すきっかけとなったのはある議員さんからの問い合わせがあったからです。その議員さんの話によると、建設総合統計については、実績値を元に、3年後に補正しているので、二重計上の影響がそこで軽減された可能性があるということでした。
そこで確認してみますと、確かに、現在公表されている建設総合統計の2013年度前年度比伸び率は、前述のとおり12.1%ですが、最初に公表された際の数字を確認してみると、14.4%もありました。したがって、当初に比べると2.3%下方修正されています。
ではこれがGDPの総固定資本形成の方にどう影響しているのか。
ここからが少々ややこしい話になります。
2013年度以降だと、GDPは2016年12月、さらに2020年12月に2度計算方法が改定され、数字が大きく増額されています。
・2016年12月より前の基準が「平成17年基準」
・2016年12月改定の際の基準が「平成23年基準」
・直近2020年12月改定の際の基準が「平成27年基準」
と呼ばれています。
基準の名前と改定した年がずれていてややこしいので注意してください。
「改定で数字が大きく増額」と言われても、具体的に示さないとよく分からないと思いますので、グラフにすると下記のとおりです。なお、この中で一番古い平成17年基準のデータが2015年度までしかないので、2015年度までの比較です。
このように、2度にわたって増額されたので、物凄く金額が増えています。最新の平成27年基準と、2代前の平成17年基準の差額を抜き出すと下記のとおりです。
最小で1994年度の16.3兆円、最大で2015年度の40.1兆円の差が出ており、平均すると25.9兆円も増額されています。なお、アベノミクス以降のみ急激に伸びているのは、2020年12月の改定ではなく、2016年12月改定の際のソノタノミクスが大きく影響しています。
下記記事参照。
こういう状況なので、最新の平成27年基準によるデータと、2013年度のGDPが最初に公表された当時の平成17年基準によるデータを比較しても、意味がありません。GDPの計算方法自体が異なり、大きく増額されているため、いわば「別人」になっているからです。同じ基準同士で比較する必要があります。
そこで、平成17年度基準のデータのうち、もっとも遅く公表されたデータ(2016年11月14日公表)と、同基準によって最初に2013年度の名目GDPが公表された際のデータ(2014年5月15日公表)を比較してみると、総固定資本形成の伸び率は、7.1%→6.9%へと、0.2%下方修正されていました。建設総合統計について、実績値を用いて下方修正したことが、ここに影響したのかもしれませんが、正確にはよく分かりません。
このように、たしかに下方修正した形跡はありますが、これによって二重計上の影響が排除されているのかどうか不明です。
私はツイッターで「後で実績値に基づいて修正されるので二重計上の影響が排除されます」と断定調で呟いてしまいましたが、これも軽率でした。申し訳ございません。「よく分からない」というべきです。
ただ、繰り返しますが、2013年度は、先ほど述べた3つの要因により、大きく伸びたと言えます。
2013年度の伸び率は、二重計上前の2012年度との比較になるため、二重計上の影響が表れるとすればここです。それ以後の年度は二重計上されたもの同士の比較になるので、二重計上の影響を見ることはできません。
そして2013年度は異常に高い伸び率を記録してはいるものの、それは前述のとおり合理的説明が可能なため、二重計上の影響は本当に軽微であった可能性があります。
建設総合統計は、受注調査の結果をそのまま用いるわけではなく、そこから推計を経て算出されます。さらにGDPへの影響となると、建設総合統計はあくまで基礎資料の一つにすぎず、他の資料と併せて算出に使われるものです。
端的に言えば、途中の計算過程で二重計上の影響がかなり薄まった可能性があります。現に、建設総合統計の伸び率と、総固定資本形成の伸び率は、傾向は似たようなものですが数字はかなり違います。
ただ、結局のところ、二重計上の影響がどれぐらいあったのかは、GDPを再計算してみないと確定できません。
◆再計算できるのか
では、二重計上を解消して、GDPを再計算するのは可能なのか。ついでにこれに関する私の考えを述べます。
二重計上を解消するには、2つの方法があると思います。またさっきの例で考えてみます。まず、合算処理されてしまった1月分の実測値を消す方法です。
図示すると下記のとおりです。
これはとっても手間がかかります。調査票の原票を確認して手作業で削除しなければなりません。また、そもそも元の原票が書き換えられて合算されているため、内訳が不明になっているでしょう。つまり、合算額のうちどれが1月分実測値なのか分かりません。実際の調査票は2か月分どこではなく、何か月分も合算されています。こっちの方法は多分無理ではないかと思います。
次に、推測値の方を消す方法が考えられます。
図で示すと下記のとおりです。
これは逆に簡単だと思います。
推測値の代入は、集計プログラムによって機械的に行っているでしょう。したがって
その代入を巻き戻せば二重計上は解消されます。プログラムを書き換えれば簡単にできるでしょう。
本当にGDPへの影響が軽微であるなら、再計算を拒否する理由は無いので、政府が再計算した結果を公表する可能性はけっこうあるのではないか、と思っています。逆に、再計算しないのであれば、「やはり軽微ではなかったのでは」とずっと疑われてしまい、統計への信頼回復ができないでしょう。
そもそも不正は不正なので「軽微だからOK」という問題ではないのですが。
「間違った推計をドヤ顔で広めたお前がえらそうに言うな」と言われればそのとおりです。本当に申し訳ございません。
話を元に戻しますと、「二重計上で毎年度7兆円ぐらいかさ上げされているのでは」という私の推計は完全に誤りです。元ブログを見てしまった方に、この訂正ブログが一人でも多く届くことを願っております。大変申し訳ございませんでした。