厚労省の裁量労働制データねつ造に続き,財務省が文書改ざんを認めたことで,行政府が出してくる資料の信頼性が根本的に揺らいでいると言えると思う。
というわけで,そろそろGDPねつ造疑惑についても追及してほしい。
今までは「まさか官僚がそこまでやらないだろう」ということで信じてもらえなかったかもしれない。
しかし,一連の事件により「日本の官僚はねつ造や改ざんまでやるレベルに落ちてしまった」という認識は広く共有されるに至ったと言えるだろう。
今こそGDPねつ造疑惑を追及する好機と言うべきである。
拙著「アベノミクスによろしく」を読んだ方やこのブログの読者はもう知っていると思うが,改めて説明する。
2016年12月8日,内閣府は新しい算出基準によるGDPを公表した。これに伴い,1994年度以降のGDPが全て改定された。
改定の概要は非常に単純化すると下記のとおり。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/sankou/pdf/point20161222.pdf
1.実質GDPの基準年を平成17年から平成23年に変更
2.算出基準を1993SNAから2008SNAに変更
3.その他もろもろ変更
4.1994年まで遡って全部改定
「その他もろもろ変更」が最も重要なので覚えておいていただきたい。
この部分は,2008SNAとは全く関係無い。
以下,改定前の数値を「平成17年基準」,改定後の数値を「平成23年基準」と呼ぶ。
改定によって大きく名目GDPがかさ上げされた。改定前後を比較すると下記のとおり。
平成17年基準(青線)では,1997年度の521.3兆円が過去最大値であった。2015年度の500.6兆円と比較すると約20兆円もの差がある。
ところが,平成23年基準(オレンジ)では,1997年度がピークであることに変わりはないが,その額は533.1兆円。
他方,直近の2015年度の数字がなんと532.2兆円になっており,1997年度とほとんど同じ額になっているのである。
20兆円も差があったのに,改定によってその差が埋まってしまったということだ。
なぜそのようになるのか。下記のグラフを見ていただきたい。これは改定によるかさ上げ額を抜粋したものである。
アベノミクス開始後の2013年度以降の額が突出しているのが分かるだろう。
2015年度なんて31.6兆円もかさ上げされている。これはアベノミクス開始直前である2012年度の約1.5倍である。
これをかさ上げ率にしてみると下記のとおり。
アベノミクス開始以降だけ5%を超える高いかさ上げ率を記録しているのが分かる。
問題は,このかさ上げの内訳である。以下,内閣府公表資料から抜粋する。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/sankou/pdf/point20161222.pdf
かさ上げ額の内訳を大きく2つに分けると,
1.2008SNA対応によるもの
2.「その他」
である。
2008SNAというのはGDPの国際的な算出基準である。以前は1993SNAを使用していた。この算出基準の変更によって研究開発費等がGDPに加えられるので,名目GDPが大きくかさ上げされる。
まずは2008SNA対応によるかさ上げ額から見てみる。
これをかさ上げ率にすると下記のとおり。
2015年度が1位,2014年度が2位,2013年度が3位。アベノミクス開始以降の年度が上位をすべて占めている。
だが,最も重要なのは「その他」のかさ上げ額だ。以下のグラフを見ていただきたい。
アベノミクス開始以降の年度が異常にかさ上げされているのが一目瞭然である。アベノミクスの開始前とは全く比較にならない。
「その他」のかさ上げ額がプラスになること自体,過去22年度でたった6回しかない。そのうちの半分をアベノミクス以降が占めている。
さらに,アベノミクス前だと,「その他」の最高かさ上げ額は2005年度の0.7兆円。他方,アベノミクス開始以後だと下記のとおり。
・2013年度4兆円
・2014年度5.3兆円
・2015年度7.5兆円
桁が違い過ぎる。
そして,特に1990年代を見ていただきたい。かさ上げどころか,かさ「下げ」されている。全部マイナスである。1994年度なんてマイナス7.8兆円。
そして,かつて史上最高額を記録していた1997年度に注目である。「その他」で5兆円もマイナスになっている。
2015年度の名目GDPは「2008SNA対応」で24.1兆円,「その他」で7.5兆円もかさ上げされ,合計で実に31.6兆円のかさ上げ。
他方,改定前に史上最高額だった1997年度は,「2008SNA対応」で16.9兆円,「その他」でマイナス5兆円,合計で11.9兆円のかさ上げ。
同じ基準で改定したはずなのに,かさ上げ額に20兆円も差があるのだ。
その原因は,2008SNA対応部分でのかさ上げにも大きく差がある上,「その他」でさらに差を付けられたからである。
「その他」の部分だけ見ると,2015年度と1997年度には実に12.5兆円もの差が付いている。
この結果,改定後の2015年度名目GDPは,史上最高額である1997年度にほとんど追いついた。
そして・・・2016年度の名目GDPは1997年度を追い抜き,史上最高の537.5兆円を記録した。
もう一度言う。「その他」は2008SNAと全く関係無い。
この全く関係無い部分でかさ上げ額の不自然な調整がされ,2016年度名目GDPが「史上最高」を記録するという現象が起きている。
「その他」の影響力がどれほど大きいのか。グラフで確かめてみよう。
下記は「その他」を含めた平成23年基準のグラフである。1997年度と2015年度がほとんど同じ額になっており,その差は0.9兆円しかない。
ここから「その他」を除いたのが下記のグラフである。
1997年度の方が13.4兆円も高い。
お分かりいただけただろうか。「その他」によって,1997年度を含む90年代の数値が大きく下げられ,他方でアベノミクス以降が思いっきりかさ上げされたのである。
この改定によって日本経済の歴史は書き換えられてしまったと言ってよいだろう。
私はこの現象を「カサアゲノミクス」と名付けた。
ただ,90年代は「その他」で大きくかさ「下げ」されていることも考慮すると「アゲサゲノミクス」と言った方が良いかもしれない。
私がピーチクパーチク騒いだ影響か,内閣府は,改訂から1年以上経過した平成29年12月22日になって,「その他」の内訳に近いものを公表した。
なぜ「内訳に近いもの」という微妙な表現になるかというと,内閣自身がこんなことを言っているからである。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/gaiyou/pdf/point20161208_2_add.pdf
本資料で掲げた「1.」から「3.」のそれぞれの項目は相互に影響し合っており、またここに掲げた以外の推計方法変更や基礎統計の反映などの影響もあり、これらの要因を厳密に分解できるわけではないこと、また、商業マージンの改定額については記録時点も異なっている(暦年値)ことや中間消費や最終需要といった配分先ごとの改定額を計算することが困難であるため、そのすべてが最終需要に配分されたとの仮定を置いた計算となっていることなどから、本資料の結果については、幅をもって見る必要がある。
要するに,これ以外にも項目があると言っているのである。「厳密に要因を分解できない」と言ってお茶を濁している。
結局,「その他」に近くなるような数字を切り出して急造したようにも見える。
裏話をすると,内閣府がこの資料を公表した2日後にBS-TBSにて,この「カサアゲノミクス」疑惑が取り上げられることが決定していた。私もVTRで出演した。内閣府ももちろん放送日程を把握している。
テレビ放映前に急いで作ったと考えるのは邪推であろうか。
この「内訳表に近いもの」に関する詳細な分析は下記の記事。
色々怪しい点があるのだが,最も怪しいのは家計最終消費支出と,総務省の家計調査とのズレである。その点を上記記事から抜粋する。
総務省は家計消費指数というものを公表している。
統計局ホームページ/家計調査 家計消費指数 結果表(2015年基準)
これは各世帯の消費支出を指数化したもの。
この数字に世帯数を乗じれば,GDPの項目の一つである「家計最終消費支出」と近い推移を示すのではないかと私は考えた。
(世帯数については,厚生労働省国民生活基礎調査の数字をそのまま使用すると,震災時の世帯数が大幅に減少してしまうため,各県が公表している世帯数で震災時の数字を補正した。詳しくは「カサアゲノミクスの分析」に記載)
なお,家計最終消費支出というのは,GDPの6割を占める「民間最終消費支出」の約98%を占めるもの。この数字が日本経済の心臓と言ってよい。
そこで,「家計最終消費支出」と「家計消費指数×世帯数」を比較したのが下記のグラフである。まずは改訂前の平成17年基準と比較する。
ほとんど同じ動きを示しているのが分かる。グラフの動く方向が違っているのは2006年のみ。グラフの乖離幅も小さい。
ところが・・・・これを改定後の平成23年基準と比較すると凄いことになっている。
改定後の数字も2014年まではほとんど同じ動きをしており,乖離も小さい。しかし,2015年に「家計消費指数×世帯数」は急落しているのに,平成23年基準は逆に上昇している。グラフの動く方向が正反対になっている。乖離幅も異常である。
そして,2016年はグラフの動く方向こそ同じだが,乖離幅はもっと大きくなっている。
ここで,改訂前後の家計最終消費支出と,「家計消費指数×世帯数」の乖離幅を比較したのが下記のグラフ。
平成23年基準(赤線)の乖離幅が,2015年になって突然異常に跳ね上がっているのが分かるだろう。2015年は4.3,2016年は5.6もある。
他方,平成17年基準(オレンジ線)の乖離幅は,最高でマイナス1.8である。
要するに,2015年の家計最終消費支出を思いっきりかさ上げしたのではないか,ということである。
拙著を読んだ方はもうご存知かと思うが,アベノミクス最大の失敗は消費を思いっきり落ち込ませてしまったことである。しかし,改訂のどさくさに紛れて家計消費をかさ上げし,その失敗を糊塗したように見えるのである。
一度かさ上げに手を染めたら,その後もずっとかさ上げする必要がある。なぜなら,本当の数字を出すと急激に落ち込んでしまうからである。
そして,かさ上げを続ければ続けるほど,他の統計とつじつまが合わなくなってくる。
上記のグラフはそのような現象が起きていることを示唆している。
是非この問題についても追及していただきたい。
アベノミクスの失敗について知りたい方は拙著「アベノミクスによろしく」をどうぞ。
下記記事はダイジェスト版。